昭和50年08月03日 特別奉修委員
昨日朝のお食事の時に、高橋さんが必ず新聞を持ってきてあります。新聞を見てから一番最後に、占いのような事が西日本に出てますよね。以前私はあれを見てから、もう本当に、あれを作られたり、あれをあそこへ載せられたりするする人が、私一人のために使われておられるとじゃないだろうかと思うぐらいに、毎日的確でしたそんな話をよく御理解の中にも伝えて、皆さんに聞いてもらっておったんですけれども。本当にそこに神様が物言うてくださっておるような感じでしたね。
で私皆さんにそれを言うから、皆さんが寅年の所を見てから、あぁ今日の親先生はこげんばいな、とこう皆が言うようになり、思うようになりました。昨日も高橋さんが、親先生今日は助くる神もありゃ、見捨つる神もあるち出とりますよちゅう訳です。それでねもうあんたどんが、そげん言うごつなったら、もう当たらんよと私が申しました。これはもう本当にそうです。これはね密かに密かにするもんです。密かにして信心をせよと仰るのはね、そういう意味もあるようですね。
もう実に信心というかその信心の微妙さというものを感じます。今日日田の国師さんが、あっちはあのパーマ屋さんですから、卸やさんなんかみんな先生、先生って言う訳ですね。先生あなたに贈り物をしたい。その蛇の目の傘を贈りたいと思いますと。それで紫と赤と青とがあります。先生何色がいいでしょうかというわけです。それはちょっと待ってください、明日お神様にお願いしてから、そのお伺いしてからもらおうと言うわけです。皆さんどうですか。
皆さんにもし蛇の目の傘を、人が贈ろうというなら、どの色がよかですかとこう持ってこんならんのじゃもんね。皆さんはどう言うですか。紫と赤と青川上さん、あなたどげん。あなた紫をもらうははは。原さんはどうですか。あぁたも紫なら波多野さんは。やっぱ紫がよか。ほぉほんなこつばいな。青いのがいいじゃないね。それでね今日私は申しました。もう何色でもよかあぁたが下さるものを頂く。
これが一番最高だと私は申しました。大概な者なら、みなさんもそう、はぁ傘は安心といえば、それに紫ならなお安心じゃろうと思うちから。大概紫と言う皆さんどげん思うたか知らんけどね。それでは本当のおかげは、そこに現れないです。本当にあぁたの都合のよかごつ、あぁたの下さるものを頂くと言う事になったらね、赤がくるかもしれん、また紫がくるかも知れん。そん時紫がきた時が本当の大安心です。
私は信心の頂き方とか、今日の朝の御理解で言うと、万物を見て道理に合う信心なんかていうものは、実に微妙です。ですからそう言う所にもね、そんな微妙な心が、いつも使われておかんと、本当のことにはなってこないですね。どうぞどれでも、なんでもええと思うた人は手をあげてごらん。はははは。どれでもみんなもらおうごたる。はははは。